市立西宮高校 合格体験記
市立西宮高校 合格体験記
中2の1学期、英語20点台・数学40点台から学習を立て直し、市立西宮高校合格まで進んだ卒業生の
体験記です。
以下は、本人の言葉をそのまま掲載したものです。
はじめに
川村先生にお世話になり始めたのは、中2の1学期中間テストが終わったころでした。きっかけは、親が勝手に先生を連れてきたことです。当時の成績はどの教科もひどく、良くても40点
くらい、英語に至っては20点くらいでした。しかも、そのことをあまり気にしていません
でした。今思うと、勉強ができないというより、勉強に向き合う姿勢そのものができて
いなかったのだと思います。
中2・1学期
最初から「頑張ろう」と思っていたわけではありません。親が勝手に連れてきた先生だった
ので、正直そこまで乗り気ではありませんでした。ただ、宿題があるわけでもなく、週2回
来てもらって1〜2時間くらいやるだけだったので、「まあいいか」くらいの感じで、なあなあに受け入れました。
初回は数学の中間テストの間違い直しをやりました。ただ、全問を順番に直すのではなく、
最低限取れるようにすべき問題に絞って進めてくれました。
「まず計算が遅すぎる」と言われ、四則演算の練習に入りました。2桁+2桁・2桁−2桁の
100問に最初は15分くらいかかっていました。3分を切ることを目標とし、授業の最初に毎回やりました。2回目には8分くらいまで縮まり、そこで「ちゃんとやれば、案外できるのでは」と思い始めました。
先生は、できていないところははっきり言いました。でも、こちらをバカにする感じは
ありませんでした。意味なく褒めることもなく、良いところも悪いところもそのまま言って
くれるので、変に反発せずに聞けました。今思うと、これが続けられた理由の一つだったと
思います。
期末までにやったのは、計算練習と中学範囲の計算、試験範囲の内容です。その結果、数学は40点くらいから65点まで上がりました。
点数が少し上がっただけで、周りの反応は思ったより変わりました。親の機嫌もよくなり、
友達からもなんとなく頭がいい側のように見られるようになりました。正直、気分が良かったです。しかも、やってみると思ったより大変ではありませんでした。
ただ、65点まで上がったところで、ここから上に行くのは少したいへんかなとも感じました。それに、まだ数学しか育っていませんでした。特に英語は20点台で、授業を聞くとか聞かないとかではなく、何を言っているのかがわからない状態でした。
中2・夏休み
数学で計算から訓練した経験があったので、英語も先生に頼めば基礎から何とかしてくれる
のではないかと思って相談しました。これが良かったのか悪かったのか、このあと夏休みに
めちゃくちゃ勉強することになってしまいます。
こちらとしては、少しやる気を見せたくらいのつもりでしたが、先生はそれを見逃してはくれませんでした。
英語は一人での勉強が難しかったため、宿題もなしで、その場で先生と一緒に進める形にしてもらいました。行けばいいだけだったので、その点はかなり気楽でした。
お盆以外はほぼ毎日、近くのコメダ珈琲で勉強しました。英語は、文法問題集1冊と単語帳1冊をそれぞれ3周しました。補助として、例文を大量に扱ったり、別の文法書から必要なところを抜粋してもらったりもしました。最初の1周は3週間くらいかかりましたが、2周目は1週間、最後は4日くらいで終わりました。
それまで英語は、意味のないただの文字列に見えていましたが、先生が英語のルールを一つ
ずつ導入してくれたことで、規則のある意味のある文字列へ変化しました。
何を勉強していいかわからない状態から、上達の道筋が見えたことが一番大きかったです。
数学も、四則演算だけでなく、方程式や関数など中学範囲の訓練に入りました。学校では
方程式・連立方程式・二次方程式と分かれていますが、先生はそれらを全部「計算」として
基礎訓練にしていました。関数も二次関数まで進めました。
夏休みが終わるころには、明らかに手ごたえが違いました。英語は中学3年間の範囲を一通り終え、数学もかなりできる感覚がありました。この夏で、英語と数学の学力がムキムキに
なっていました。
中2・2学期
夏明けの課題テストでは、英語70点、数学70点、国語50点、理科60点、社会50点でした。今までちゃんとやっていなかったことを考えると上出来でしたが、手ごたえよりは悪かった
です。ここで、学力をつけるだけではなく、テスト慣れも必要だと思いました。
2学期からは、理科、社会、副教科にも意識を向けました。英語と数学は標準問題を解きながら、感覚が鈍らないようにキープするくらいの感じでした。2学期中間では、英語80点、
数学80点、国語70点、理科80点、社会80点まで上がりました。
ただ、社会で80点を取る勉強がかなり大変だと気づきました。時間がかかるし、覚える量も
多いです。その疲れもあって、期末では社会60点くらいに落ちました。それでも、2学期の
通知表は数学と英語が4、他は3でした。中1のころは1と2ばかりだったので、まったく違う
通知表でした。
不思議なもので、そこまで上がるともっと取りたいという欲が出てきました。20点でも
気にしていなかったのに、いつの間にかさらに上を目指したくなっていました。
中2・冬休み〜3学期
冬休みを前に進路を考えるようになりました。かつて20点台だった自分でもトップ校を狙える可能性があると言われ、市立西宮高校を意識するようになりました。
冬休みは英語と数学をさらに強化しました。英語は一段レベルを上げた文法問題集と単語帳、薄い長文問題集2冊を進めました。夏より時間はかからなくなっていましたが、それでも先生と一緒にやってもらいました。一人でやるのはしんどかったからです。数学は図形を中心に、確率や数列なども進め、最終的には一通り範囲を終えました。
3学期は定期テストと評定を取る練習として、学校のテストに意識を向けました。副教科も
手を抜かず、美術の暗記カードなども先生が作ってくれてクイズ感覚で勉強できました。
その結果、3学期の成績は美術と音楽が4、それ以外は5に。「いける」という感覚が確実に
出てきました。
中3
中3で一番意識したのは評定を取ることです。兵庫県の公立高校入試は内申点の比重が大きいので、絶対に取る必要がありました。学力には自信がありましたが、内申点は自分だけで
コントロールできるものではないので本当に怖かったです。
中3に入った時点で、英語と数学は範囲が終わっていました。この時点で解いても80点前後は取れる状態で、「学力では簡単には追いつかれない」という自信がありました。
中3では、英語と数学は全国の過去問を解いていきました。毎日、英語と数学を交互に1教科
ずつ進める形です。理科は未習単元を先に終わらせてから過去問に入りました。社会は量が
多かったので、授業中に教科書を読み、ワークを進め、学校の時間内でできることを優先
しました。特に歴史が危なかったので、学校のワークを大急ぎでやりました。それでも3か月くらいかかったので、社会は遅れたら完全に間に合っていなかったと思います。
先生は入試対策だけでなく、内申点もかなり気にしてくれました。提出物のチェックや
クオリティ、テスト範囲、テスト期間の計画まで見てくれました。副教科も見てもらって、
リコーダーの練習まで一緒にしました。
入試演習では先生も同じ時間で一緒に問題を解いてくれました。解いた後に「ここは飛ばす
べきだった」「ここは見た目より簡単だから時間を稼げる」と、時間内での立ち回り方を一緒に検討していました。
このころは20点を80点にするような話ではなく、90点前後からいかに落とさないかの段階
でした。1点をどう守るか、時間内にどう動くかが大事でした。かなり実戦的な演習ができたと思います。
最終的な評定は美術だけ4で、それ以外は5。一番緊張したのは入試本番ではなく、中3の
2学期末の評定でした。ここでこけたらすべてが終わると思っていました。自分にとっては、
2学期末の評定が実質的な合格発表でした。
入試直前〜本番
入試直前期はあまり緊張していませんでした。内申点が242.5点あり、当日のテストでは平均80点程度取れればいいという余裕があったからです。この時期の勉強方針も大きくは
変わらず、問題演習の比重を増やしたくらいです。最後のほうには、余った時間で社会の
穴探しをしていました。
合格がわかったときも、驚きより「そりゃ当然でしょ」という気持ちのほうが強かったです。自分の中では、入試本番よりもそこまでの積み上げのほうが大きかったです。
振り返り
ここまで成長できたのは、先生に無理やりでも前に進めてもらえたからです。自分一人
だったら、中2の夏休みで詰んでいたと思います。英語の問題集1冊すら終わっていなかった
はずです。
たぶん、塾でもここまでは伸びていなかったと思います。塾が悪いという話ではなく、自分の場合は途中で絶対に離脱していたからです。集団の中にいたら、分からないところをごまかしたり、やっていないことをそのままにしたりしても、ある程度は逃げられます。でも、
家庭教師は1対1なので逃げられませんでした。
先生は、こちらが何を分かっていないのか、何をサボろうとしているのかを見ていました。
そして、必要なところまで戻って、やるべき量をやるところまで持っていってくれました。
塾では、一人にそこまで構っていられないと思います。自分には、その「逃がしてくれなさ」が合っていました。
結局、勉強で大事なのは「やる」ことです。ただ、この「やる」が一番難しいです。先生は
必要なことを見極めて、逃げずにやるところまで持っていってくれました。副教科や社会の
ようにめんどくさい勉強でも、「やれよ」と言ってくれる人がいたのが大きかったです。
でも、それは親ではだめだったと思います。親に言われていたら、たぶん反発していました。過度に甘えられない他人の先生だったからこそ、ちゃんと機能したのだと思います。
合格までの過程で、頭がいいと言われることもありました。でも、たぶん自分はその人たちが想像する10倍はやっています。過去問だけでも100〜150問くらい解きました。
市立西宮高校に合格できたのは、頭がよかったからでも、急に才能が出たからでもないと思います。やるべきことを、やるべき量だけやったからです。そして、それを一人でやろうと
せず、先生に横で見てもらいながら、逃げずに続けられたからです。